真夏の王子様

米花町に今年の夏祭りのポスターが張り出された。
毎年、このポスターが張り出されると、なんとなくだけど街が活気づく。
このポスターは街に夏の訪れを教えてくれるのだ。



堤無津祭り 8月2日 18時より屋台開店  20時より花火大会


「今年もこの季節が来たんだね〜」

学校帰りに寄った書店に張り出されていたポスターをまじまじと見つめて、園子が嬉しそうに笑う。
もともとイベント好きな園子は、この時期になるとテンションが上がる若者の一人。
「今年は8月2日か。蘭、今年はどうする?」
そう言って私を振り返る。
「今年は・・・って?」
「だから〜。今年は、新一君と二人きりで行く、ってのに挑戦してみる? ってこと」
ニヤリと笑う園子の言葉の意味をすぐに理解できず、一瞬ポカンと園子の顔を見つめて。
数秒後、理解してドキンっと胸が飛び上る。
「な! 何言ってんのよ!! なんで私が新一なんかと二人きりで夏祭りに・・・」
好きな男の子と二人きりで夏祭り。
そんな夢のような話、体験できるのならしたいけど。
『幼馴染』である新一が、私が「二人きりで」行こうと誘ってもOKするはずがない。
「何よ、別にいいじゃない。あんたたち、毎年花火大会の時間になると二人で消えちゃうんだから。
 なんなら、最初から二人きりで出かければ? って言ってんの」
確かに園子の言うとおりだった。
小学校中学年くらいまでは新一と二人で行っていた夏祭り。
5年生になって、園子を含む女の子の仲良しグループで一緒に夏祭りに行こう、という話が出て以来、私は園子たちと夏祭りに行くようになった。
だけど、なぜか花火大会が始まる時間になると園子たちとはぐれ、そしてなぜか新一と会って一緒に花火大会を見るハメになっていた。
去年もそうだった。
受験の前にみんなでパーっと遊ぼう、ということになり、クラス皆で出かけた夏祭り。
だけど、いつの間にかクラスメイト達とはぐれ、私と新一二人きりになっていた。
で、結局、二人きりで花火を見たわけだけど・・・。
でも、今年は違うもん!
気持ちが全然違うんだもん!!

つい3ヶ月前に気づいた恋心。

今まで私にとって新一は幼馴染だった。
だから友達とはぐれた時も「新一が一緒だから大丈夫」と安心して、二人きりで花火大会を見て帰っていた。
けど。
私にとって、新一はもう幼馴染なんかじゃない。
『好きな男の子』なの。
そ、そ、そ、そんな新一と二人きりで夏祭りなんて・・・。
そりゃー、行きたいけど。行きたいけど!!
でも、新一だってクラスやサッカー部の友達と行きたいに決まってるし。
「美穂や栞も誘って、みんなで行こうよ」
そう提案すると、園子はため息交じりに
「仕方ないわね・・・」
と答え「これだから、何にも進展しないのよ」と呟いた。
進展って言われても。
新一と進展って・・・。
想像してみるが―――。
だ、ダメだ容量オーバー。想像できないっ!
私と新一が、こ、恋人同士なんて!!
一人、ドキドキして挙動不審な私の隣から、園子の盛大なため息が聞こえた。

園子が目当ての雑誌を買ったところで、書店を後にした。
店を出た瞬間、耳に飛び込んでくるセミの鳴き声と、じりじりと照りつける真夏の太陽が私たちを出迎えた。
「それにしても、あっついわね〜」
クーラーが効いていた店を出るとすぐに滲み出る汗が、猛暑を物語っていた。
学校を出てすぐ、二人とも制服のネクタイを外して第一ボタンまで外したが、それでもあまり暑さは凌げない。
溶けそうなほどの真夏日の中、並んで商店街を歩いていると
「どうぞ〜」
数メートル先で、チラシ配りのアルバイトが汗を流しながら道行く人にチラシを配っていた。
「大変よね、チラシ配りのバイトって。私だったら絶対ヤだわ」
手で顔を仰ぎながら言う園子。
そうやって歩いていくうちに、私たちもチラシ配りの場所まで来ていた。
「どうぞ〜」
目の前にチラシが差し出される。
私は無意識にそれを受取って歩いた。
「あっ。またもらっちゃった・・・」
渡されたチラシには、大きな文字で『新台入れ替え』と書いていある。
どうやらパチンコのチラシらしい。
そのチラシを横目で見た園子が笑いながら言う。
「相変わらずね〜! 断ればいいのに」
と。
いつもそうなのだ。
チラシ配りで渡されるチラシやティッシュをつい、受け取ってしまう。
「もらっても仕方ないじゃない。それともパチンコに行くの?」
とまだ笑ってる。
「だって! 歩きながら目の前に差し出されるんだよ? 断るタイミングがつかめないのよ・・・」
ふくれっ面で抗議していると
「あの・・・」
突然背後から声をかけられた。
振り向くと、さっき、チラシを配っていたバイトの男性がすぐ後ろにいた。
「え・・・、あ、もしかしてチラシもらっちゃダメだったんですか?」
チラシを渡したバイト君がどうして私たちを追いかけてきたのかが分からず、慌ててそう捲し立ててチラシを返そうとすると
「あ、いや、違います! それ、もらってください。いらないかもしれないけど」
そう言って、苦笑いしながらチラリと園子を見た。
『貰っても仕方ない』と言った園子の言葉が聞こえていたのだろうか。
「え、じゃあ、何ですか?」
そう問いかけた私を見て。
彼は確かにこう言った。

「あの、今度の夏祭り、一緒に行ってくれない?」

私も園子も、驚いて言葉も出ない。
それよりも、内容を認識するのに時間がかかった。

―――今度の夏祭り、一緒に行ってくれない?

え?
夏祭りを、一緒に?
え?
何で!!

何も答えられないでいると。
「あ、ごめん。まずは自己紹介からだよね。俺、間島って言います。帝都東の2年」
と軽く自己紹介。
そこまで言うと、
「帝都東!?」
と、反応したのは園子の方。
「うん」
爽やかな笑顔で答える。
バイト用のTシャツを着ているので、学校までは分からなかったが・・・。
あの超有名進学校に通う1つ年上の人だった。
帝都東学園というのは、この辺では一番の進学校だ。
文武両道で、この辺では一番の東都大進学率を誇り、部活面でも殆どの運動部が都大会、全国大会への出場を果たしている。
留学も盛んに行われていて、エリートまっしぐらの学校だ。
しかも男子校で、巷では「イケメンしか入学しない学校」として知られていた。
その噂通り、目の前に立っている帝都東の人も、世間では「イケメン」の部類に入るだろう容姿をしている。
身長は新一くらいか。茶色い髪は今流行りのアシンメトリーでワックスで無造作にきめている。
キリっとした眉に、奥二重。
オシャレな印象を与える顔だった。
「俺、ずっとここでチラシ配りのバイトしてんだけど・・・。君、よく通るから覚えてたんだ。可愛いし」
にこっと笑って、私を見下ろした。
異性に面と向って『可愛い』なんて言われたのは初めてで、どう返事したらいいのか分からず、思わず俯いてしまう。
「ほとんどの人が冷たい態度でチラシやティッシュを断っていく中で、君だけがいつも快くもらってくれるだろ?
 いい子だなって、いつも思ってた」
という間島さんの言葉に
「それは、この子がドンくさいから、チラシを断れないだけよ」
園子が横から口を挟む。
「でも、そこが可愛いんだよ。彼女、たぶん素直だよね。見てて分かるよ」
「確かに蘭は素直だけど・・・」
と、園子が思わず私の名前を口にしたのがいけなかった。
「へぇ、蘭ちゃんっていうんだ。名前も可愛いね」
なんて言われてしまい、ますます俯いてしまう。
「蘭ちゃんにとっては初対面で、あんまり信用ないかもしれないけど・・・。俺はずっとここで蘭ちゃんを見てきたから。
 こんなところで、君の友達が見てるところで言うのもアレなんだけど、たぶん、チャンスはないと思うから・・・」
そこで一旦、間を置いた。

「好きです。今度の夏祭り、一緒に行ってください」

耳に届いた言葉に驚いて、顔を上げた。
目の前には、初対面の男の子が真剣に私を見ている。
人が行きかう街中での告白。
これが私の人生で初めてされた告白だった。
こ、こんな時って、なんて言えばいいの?
横目で園子を見ると、園子も驚いた顔をしていた。
間島さんはそんな私たちを見て
「あ、ごめん。もしかして付き合ってる人とかいる?」
と聞いてきた。
「あ、いえ、いません・・・」
「そっか。よかった。じゃあ―――」
そこまで言いかけた時
「間島〜! いつまで喋ってんだ!」
一緒にチラシ配りをしていたバイトが間島さんを呼んだ。
「あ、ごめん。じゃあ、8月2日、空けといてね。時間とかは・・・また、会った時に言うよ」
それだけ言って、戻ろうとする間島さんに
「あの!」
慌てて呼び止めた。
「何?」
振り返る。
「すみません。あの・・・、一緒に行けません。友達と先約があるので」
丁重にお断りした。
園子と約束していなくても、今日知り合ったばかりの人と二人きりで夏祭りに行く気など無いのだけれど。
「ごめんなさい」
頭を下げる。
これで、この件は終わりだと思ってた。
けど、間島さんが発した言葉は―――。

「じゃあ、夏祭りはその友達と行って・・・花火大会だけでもどう? 俺、穴場スポット知ってんだ。ぜひ、蘭ちゃんに見せたいから」

丁重にお断りすれば、諦めてくれるものだと思ってた。
けど、違う。
「え! でも、こ、困ります!」
「一緒に行く友達って、彼女でしょ?」
そう言って、園子を見る。
「花火大会だけ、蘭ちゃんを借りるから。じゃ」
園子にそう言うだけ言って、小走りで戻って行った。
間島さんの勢いについていけず、ぽかんとする二人。
ワンテンポ遅れて、園子が
「か、借りるって・・・何なのよ、蘭は物じゃないんだからね!!」
と怒鳴りあげるが、遠くへ行ってしまった間島さんには届いていなかった。
「蘭! もう一人でこの道通っちゃダメだからね! あの人に会ったら最後だよ。ちゃんと断ったのに、強引に誘ってくるような人だもん。いくら帝都東のエリートだからって、気に食わないわ」
完全に園子は機嫌を損ねたらしい。
「うん、もう会うことがなかったら時間とか待ち合わせとか聞けないし。この道は避けて通る」
私もため息交じりに返した。
それにしてもビックリした。
こんなところで告白されるなんて。

―――好きです

新一以外の人に言われても・・・そんなに嬉しくないものなんだね。


―――好きです


新一の声に置き換えてみる。
その瞬間、ドキドキと胸が高鳴って体温が上昇した。
「蘭? どうしたの? 顔赤いけど、大丈夫?」
園子に顔を覗きこまれて、慌てて「何でもない」と苦笑いで答えた。
考えただけで真っ赤になるくらいだから・・・もし、もしも、万が一、新一に言われたら、私どうしよう?
心臓止まっちゃうかも。





夏祭りのポスターが街に張り出された日の次の日は、夏祭りの話題で持ちきりになる。
園子と一緒に、美穂と栞に「一緒に行こう」と誘うと、口々に「工藤君と行かなくていいの?」なんて聞かれてしまった。
それに合わせて園子までが
「そうでしょ〜? やっぱりそう思うでしょ?」
なんて言ってくる。
そりゃ、行けるもんなら一緒に行きたい。
なんて、口が裂けても言えないけど。
同じ教室にいる新一を盗み見る。
新一も後藤君たちと何やら夏祭りの話をしているようだ。
内容まではよく聞こえないけど。
園子が私の視線に気づいたのか、
「ねぇ、新一君!」
大きな声で新一を呼んだ。
「ちょっと、園子っ、何するのよ・・・」
慌てて止めても、もう遅い。
新一は「何だよ?」と面倒臭そうな表情をこちらに向けた。
「私たちみんなで話してたんだけどさぁ、新一君、今年は蘭と二人で夏祭りに行かない?」
わあああああ!
なんて事言うのっ!!
「ちょっと、園子!」
園子の口を塞いだ。
けど、新一にはしっかりと聞こえていたらしい。
園子の言葉を聞いた瞬間、表情が変わった。
そして。

「どーして蘭と一緒に行かなきゃなんねーんだよ」

素っ気なく、そう言い捨てたのだ。

―――何言ってんのよ!! なんで私が新一なんかと二人きりで夏祭りに・・・

私だって、昨日、園子に言われたときはそう返した。
けど。
好きな人から、面倒臭そうな声で素っ気なく言われると、結構ショック。
そうだよね。
どうして私と行かなきゃいけないんだよって、思うよね。
私なんかと行きたくないよね。
新一だって、友達と行きたいよね。
泣きそうな心をぐっと堪えて。

「その言葉、そっくりそのままお返しするわよ! 私だって、新一なんかと一緒に行きたくないんだからっ」

思いっきり嫌味をこめて返事をする私って、本当に可愛くない。
自分でも分かってる。
けど、どうしても新一の前では素直になれない。
「園子も、余計なこと言わないで・・・」
新一に背を向けて、園子に抗議すると
「ごめん、ごめん」
と笑った。
「でも、蘭たちが一緒に行くのが一番いいと思ったんだけどなぁ。ってかさぁ、昨日、嘘でも『付き合ってる人います』って言えば良かったのよ」
園子の言葉に
「なになに? どういうこと?」
と、聞いてきた美穂と栞に、昨日の告白のことを話した。

「えええええっ!? 帝都東の2年にこくは―――」

話したとたん、驚いて声を上げる二人の声を
「しー!! お、大声出さないで!!」
と、あわてて遮る。
新一に聞こえなかっただろうか?
新一を振り返って見てみると、目が合った。
ズキン―――
目が合った瞬間、胸が痛む。

どうして。

どうしてそんな、不機嫌な顔してるの・・・。

園子に「蘭と一緒に行かない?」って言われたのが、そんなに嫌だったの?
私とそんなに一緒に行きたくないの?
幼馴染って。
近くて、遠いね。

「ごめん。他の人には内緒にしてて。・・・ちょっと、トイレ行ってくる」

そう言い残して、教室を出て行った。
廊下に出た瞬間、こらえていた涙が、ひとつぶ、頬を伝った。

好きでもない人から、好きですって言われて。
好きな人からは「夏祭りに一緒に行きたくない」と言われる。

「ほんと・・・うまくいかないね」

人に気づかれないよう、俯いて走り、トイレに駆け込んで。
声を漏らさないように静かに泣いた。



私、ホントは新一と一緒に行きたいよ。



園子が新一に行った時。
あのとき、もし、新一が「いいよ」って返事してくれたら。
私は新一と一緒に行くことになってたのかなぁ。
・・・幼馴染の新一が私を夏祭りに誘うことなんか、100%無いんだけどね。

それから新一と夏祭りの話題になることはなかった。
結局園子たちと一緒に行くことになり、園子からは何度も「間島って人に会って、もう一度誘われても無視するのよ」と忠告された。
もちろん、そのつもりだけど・・・。
でも、間島さんに会ったあの道は避けて通っているし、あれから会うことはなかった。
結局、一度はちゃんと断ったし、諦めたのよ。

間島さんのことを忘れかけていた時。
事件は起こった。



終業式。
明日から夏休み、と、みんなうきうきと下校していく。
私も例にもれず、園子と夏休みの予定を立てながら校舎を出た。
昇降口から、葉が緑色に輝く桜の木の並木道を通る。
セミの大合唱が聞こえる。
夏祭りも近くなってきた。
「いやぁ、いいね〜、夏って! テンションあがるわぁ〜」
まるでお金持ちのお嬢様とは思えないような声を出して、輝く太陽に向かって思いっきり伸びをした。
「今年はいつ別荘に行くの?」
「8月18日からだってさ。それまでいっぱい遊ぼうね、蘭! まずは海よ、海!!」
「そうだね〜。水着買わなきゃ・・・」
ふと、前を見ると、校門近くが騒がしいことに気づいた。
「何だと思う?」
そう聞いてみると
「さぁ。主に女子が騒いでるとこみると、アレか? カッコいい他校の彼氏かなんかが、彼女を待ってたり」
う〜む、と顎に手を当てて答える。
「だね。それっぽいね」
「かー! 暑い暑い! 校門なんかで待ち合わせしないで、どっか別の場所で待ち合わせればいいのよ」
「まぁまぁ、そんなこと言わないで」
「明らかに見せつけよね! 今年こそ、私だって、校門で待ってたら騒がれるような男をゲットしてやるんだから!!」
「ってことは、園子、帝丹では彼氏見つけないの?」
「ムリムリ! もうカッコいいヤツは彼女付きなんだから。残ってんのはダサ男か、あんたの旦那くらいよ」
いつものような楽しい会話をしながら歩いていく。
しかし。
校門近くの騒ぎの原因を見た瞬間、私たち二人の足が止まった。

「あ、蘭ちゃん」

そう言って、私たちに近づいてきたのは。
帝都東学園の制服に身を包んだ間島さんだった。

「帝都東の制服着たイケメンが立ってりゃ、そりゃ騒ぎにもなるわ・・・」

間島さんを見て、園子がため息交じりに呟く。
確かに、間島さんはものすごく目立っている。
今日も茶色い髪をアシンメトリーにキメて、そして帝都東の制服をカッコよく着こなした姿はモデル並だ。
『蘭ちゃん』と言って私に近づいてくる間島さんを見て、下校中の女子たちは興味深い目で私と間島さんをジロジロ見ながらゆっくり歩いていく。
「あの、困ります。こんなことされちゃ・・・」
「でも、蘭ちゃん俺を避けてあの道通らなくなったから」
そう答えた間島さんに
「避けられてるって分かってんなら、さっさと諦めなさいよねー!」
と園子が噛みつく。
それでも間島さんはいつもの爽やか笑顔で
「でも、そう簡単に諦められるような子じゃないからさ」
とさらりと流す。
それを聞いて面食らった園子。
「はー・・・アンタ、とんでもないのに好かれちゃったわね。新一君並みのキザだわ」
と、私を見ながら盛大なため息。
「キザじゃなくって、本音を言っただけ。実は帝都東でも有名だったよ。超美人の空手部の女子がいるって。まさかそれが蘭ちゃんだったとは思わなかったけどね」
「そ、そんなこと言ったって、私の気持ちは変わりません! 一緒に花火大会には行きません!!」
私は精一杯の力を込めて、ハッキリと告げた。
「うん。でも1回2回断られたくらいじゃ諦めないから、俺。じゃあ、2日、7時50分に堤無津東交差点ね」
あれだけキッパリ断っても怯む様子を見せない。
「いっ、行きません!!」
「来なくても待ってる。楽しみにしてるから」
「だから、行かないってば!」
「あ、バイトの時間だ。じゃあ、2日ね」
ダメだ。会話が成り立たない。完全に間島さんのペースだ。
彼は「それじゃ」と軽く手を振ると、そのまま歩きだしてしまった。
「行きません!! 待たないでくださいっ」
去っていく間島さんの背中に叫んだが、聞こえているのか聞こえていないのか。
彼は振り向きもせず、歩いて行った。



「おい。さっきの、誰だよ」



ものすごく不機嫌な新一の声に呼び止められたのは、園子と別れて一人で歩いている時だった。
振り向くと、声と同じような不機嫌な顔の新一が立っていた。
暑さのためか、ネクタイを外し、第二ボタンまで空けたカッターシャツから汗ばんだ鎖骨が見え隠れする。
真夏の蒸し暑い風が二人の体に絡まってすり抜けた。
「さっきのって?」
どうして新一が不機嫌なのかが分からず、私まで不機嫌な声になる。
「校門にいたヤツだよ。帝都東の制服着た・・・」
ドクン。
緊張感が走る。
ヤダ・・・新一に見られてたんだ。
男の人とゴタゴタしているところなんて、見られたくなかったのに。
思わず、新一から目を逸らしてしまった。
それを、どう勘違いしたのか。
「なんだ。俺には説明できねーヤツなのか」
と、さらに不機嫌になる。
「ちっ、違うわよ! ただ・・・この前・・・こっ、告白されて・・・」
しどろもどろ答える。
その間、新一の眉間にどんどん皺が寄って行くのを確認した。
「今度の花火大会、一緒に行こうって誘われて・・・」
断ってもしつこくて、と続けようとした時だ。

「ふ〜ん。よかったじゃねーか。一緒に花火大会行ってくれる男が見つかって」

新一の不機嫌な声がそう言い捨てた。
よくない!!
そう、叫んでしまいたかった。
本当は、目の前にいる新一と行きたいのに。
どうしてそんなこと言うの?
どうして。
それは、新一は私に何の興味も示してないからだ。
単なる幼馴染。それ以上の感情を持ち合わせていないから、『よかったじゃねーか』って言えるんだ。
私は新一の顔が見れなかった。
蒸し暑い風が絡まって。
この変な空気に絡まって。
さらに蒸し暑くなる。
体温が上がる。

―――どーして蘭と一緒に行かなきゃなんねーんだよ
―――ふ〜ん。よかったじゃねーか。一緒に花火大会行ってくれる男が見つかって

新一の言葉が何度も私の頭の中でリピートされる。
良く分かった。
新一の気持ちはよく分かった。
毛利蘭はただの幼馴染で。告白されようと、誰と花火大会に行こうと、彼氏ができようと、関係ないわけね。
勝手に新一なんかを好きになった私がバカだった。
幼馴染なんか好きになるんじゃなかった。
私は今もってる、ありったけの強がりを表情に出して。
新一を睨みつけた。

「もういい。私のことは放っといて」

それだけ言い捨てて、私は振り返ること無く早歩きで帰って行った。
もちろん、新一は追ってこなかった。



「わぁ! 蘭、大人っぽ〜いっ。新しい浴衣買ったんだ」

8月2日。
4時半に園子、美穂、栞と待ち合わせ場所で落ち合った。
あれから夏休みに入り、学校でたまに新一を見かけることはあったが、話したりはしていない。
なんだか、新一との間に大きな溝ができてしまったみたい。
「それにしても、浴衣美人が4人も揃ってるって言うのに、男が一人もいないって悲しいわね。せっかくの夏休みなのに」
相変わらずの園子は、そんなことをぼやきながら歩く。
今日はみんなで浴衣を着て行こうと約束をしていたのだ。
私は、お母さんから買ってもらった新しい浴衣に身を包んでいる。
黒地に水色と淡い紫の大柄の花がプリントされているちょっと大人っぽい浴衣。
「いいじゃない。私たちじゃ不満かっ」
すかさず美穂が突っ込んだ。
「いやいや、そーじゃなくて。どっかいい男が声かけてくんないかな〜」
「そういえば、アレはどーなったのよ。蘭と花火大会に行きたいとか言ってた、帝都東の男は」
美穂が聞いてきた。
思わずビクっと肩を震わせ、構えてしまう私が居た。
そうだ。
今日、勝手に待ってるんだ。あの人。
私は何回も「行かない」って言ったのに。
「それは・・・」
と、私が答えるより先に
「あー、ダメダメ。あんな強引な男ダメよ。ってか、蘭にはちゃんと相手がいるしね!」
園子がスパっと切り捨てた。
「蘭。絶対行っちゃダメだからね。あんたはちゃんと断ったんだから。アイツが待ってようが待ってなかろうが、アイツの勝手なのよ」
念を押すように言う。
「うん・・・分かってるけど・・・」
誘われて、しかも『来なくても待ってる』なんて言われれば、行く気がなくても気になってしまう。
このまま放っておいていいのだろうかと。
ちゃんと待ち合わせ場所に行って、もう一度納得してもらえるまで断るべきなんじゃないかと・・・。
でも、園子のあの口調じゃ、行かせてもらえそうにない。
確かに何度もちゃんときっぱりと断ったし、園子の言うことも一理あるけど。
「そういや、うちのクラスの男子も何人かで集まって一緒に夏祭りに行くって言ってたよ」
そう切り出したのは栞。
「合流する?」
と、美穂。
いつもなら食いつく園子が食いついてこず、逆に私が
「絶対やだ!!」
とムキになって反対してしまった。
新一と顔を会わせたくない。
私と一緒に行きたくないと思っている人と。今日は、会いたくない。

会いたいけど。会いたくない―――。

綿あめに、射的に、ゲームに、林檎飴、金魚すくい。
夏の風物詩が沢山立ち並ぶ屋台を歩く。
この街一番の夏祭りは大賑わい。
あたりもだんだん薄暗くなってきて、もうそろそろ7時50分。

7時50分に堤無津東交差点。

歩きながら、堤無津東大橋の交差点を見る。
あそこが待ち合わせ場所だ。

本当に行かなくていいの?

やっぱり、ちゃんと断った方が・・・。

「園子」

一歩前を歩く園子に声をかけた。
「なぁに?」
振り向いて。
「ごめん。やっぱり、ちゃんと断ってくる! ちゃんと戻ってくるから」
早口で捲し立てると、私は園子が呼び止めるのも聞かずに走りだした。
やっぱり失礼に当たるんじゃないだろうかと、ずっと心配だったから。
きっぱり断ろう。納得してくれるまで。

好きな人がいるから。付き合えません。一緒に花火を見ることはできません。

ちゃんと理由を言えば、分かってもらえるはず―――。
人ごみをかき分けて走る。
待ち合わせまで、あと3分。
急がなきゃ、遅れちゃ・・・う―――

ぎゅっと、誰かが後ろから私の腕を引っ張った。

―――誰っ!?

後ろを振り返って誰が引っ張ったのか、顔を認識する前に。

「行く・・・なよ・・・」

聞きなれた大好きな声が、私の耳に届いた。
思わず、立ち止まる。
腕を引っ張られた勢いで、私はそのまま。
そのまま。
・・・ここは、どこ。
暖かい。耳から伝わる鼓動が速い。力強い。
場所を確認するのに、数秒かかった。
そう、私は腕を引っ張られた勢いで、そのまま、新一の腕の中にいた。
「ちょ、ちょっと・・・何、すんのよ・・・。間に合わないじゃないっ、断りに行くんだから!」
離れようとして暴れるが、私の背中にまわした腕の力をぎゅっと強めて、離そうとしない。
それどころか。
「だから行くなっつってんだよ!!」
と、強い口調で怒られてしまった。
一体、何がどうなってこうなったのか。
抱きしめられてて、顔は見えないけど。
この声は新一だ。
抱きしめられたことなんて一度もないけど。
この温もりは新一だ。
「だから、断りに行くんだってば!」
照れてしまい、思わず私も強い口調になってしまう。
それで怯んだのか。それとも、自分が私を抱きしめていることに気づいたのか。
やっと、腕の力が弱くなった。
・・・ちょっと、寂しい気持ちになったけど。
「・・・こーゆーのはっ! 行ったらアウトなんだよっ!」
私から離れて半ばヤケクソのように言う。
目を合わせようとしてくれなかった。
そのかわり、私がじっと新一の顔を見上げる。
額には汗が流れていた。走って追いかけて来てくれたのかな。
・・・あれ? もしかして、ちょっとほっぺが赤い?
あ、走ってきたせいか。
とりあえず。どうして新一が追いかけてきたのか。ここにいるのか。意味が分からず、どーでもいいことばかり考える。
「断りに行くっつっても、あーゆーヤツにとっては絶好のチャンスなんだ」
「どうしてよ。納得してくれるまで、話すつもりだったのよ?」
「だから! 一度断っても諦めないようなバカは何度断っても同じなんだよっ。お前、アイツんとこ行ってみろ。なんだかんだ理由つけられて、結局さらわれるのがオチだぞ」
「さ、さらわれるって・・・」
「とりあえず、お前が行けばアイツの計画にハマったことになるんだよ。蘭のような見るからに純情そうなヤツには『来なくても待ってる』って言えば、来てくれるだろうって予測できるしな。現にお前、今、行こうとしたし」
「だって。申し訳ないじゃない。本当に待ってたら」
「一回断ってんだからいんだよ! 後から『何で来なかったんだ』って責められても『ちゃんと断ったから』って理由もあるしな。あーゆー男の言いなりになるんじゃねー。ほっとけ。お前が行った時点で、どんなに断られても『絶対モノにできる』って思い込むんだよ」
「・・・やけに分かったような口聞くじゃない」
「そんくらい、想像つくだろ。ちゃんと断れば納得するなんて、絶対あり得ねぇ」
そう、断言する。
でも、まだ視線は逸らされたままだった。
「相手の人のこと、よく知りもしない癖に」
嫌味を言ってしまった。
違う。
本当は、こんなこと言いたいんじゃない。
こんな時にまで意地を張りたいんじゃない。
本当は行きたくなかった。止めてほしかった。新一に、止めてほしかった。
だから。お礼を、言いたいのに。
どうして、こんな時まで、私は素直になれないのっ!
今度は私が目を逸らす番だ。
お礼を言いたくて、でも自分の口から出てきた言葉は正反対で。
自分の情けなさに腹が立って。俯く。
すると、新一が私の方を向く気配がした。
そして。
「ああ、知らねーよ! 俺の知らない男と二人きりで花火大会なんか行かせるか!!」
頭から降ってきた新一の言葉は、思いもよらぬ開き直りの言葉だった。
思わず顔を上げる。
目が合う。
逸らさない。
「オメー、男を知らなさすぎて危なっかしいんだよ」
ため息交じりにそう言うと、新一から目を逸らして。
その代り、私の手を掴んだ。
そして、有無を言わさず、待ち合わせとは逆方向へ連れ去られる。
「じゃあ、新一は・・・新一は、好きな女の子に告白したら、ああなるの? だから、間島さんの気持ちが分かるの?」
私より少し高い位置にある新一の背中を見つめながら訪ねた。
男心なんて分からない。だって私は女だから。
男の人は、みんなそうなの?
断っても強引に約束を取り付けて。
必ず女の子が待ち合わせに言ってしまうような言葉を残して。
そして、新一の言うように、待ち合わせに来たら、こっちのもんだって思ってさらってくの?
私の言葉を背中で受け止めた新一は、私から見ても分かるようにビクっとした。
何。この反応。
新一は答えようとはせず、私の手を引っ張ったまま、早歩き。
数歩歩いて。
「告白なんてしたこと無いから、分かんねーよ」
と、素っ気なく答えた。
そして。
「でも、その男のようなバカな真似はしねー」
と付け加えた。
そこで、答えが終了したと思ったら。

「好きな女に迷惑がられるようなことは、したくねーからな」

初めて。新一の恋愛に触れた気がした。
そう言えば私たち。
恋の話なんて、したことなかったね。
新一の声で初めて聞いた『好きな女』という言葉が何だか新鮮で。
だけど、ちょっとだけ。チクっと胸が痛んだ。

その『好きな女』っていう人が、彼の心の中にいるのだろうか。

それは怖くて聞けないけど。
「そう言えば、どこ行くの? 私、園子たちのところに戻らなきゃ」
気がつくと、新一に引っ張られながら、屋台会場からどんどん遠ざかっていた。
「いいんだよ。園子がもう帰って来んなっつってたから」
ぶっきらぼうに答える。
「え、何で・・・っ?」
「どーせ、いつもと同じで、今年もわざとはぐれて俺たち二人きりにするつもりだったんだ」
「そっ、そんなことっ」
「・・・なんだ? お前。毎年毎年、花火が始まる時間になると、園子たちとはぐれて俺らが二人きりになってたのは、偶然だと思ってたのか」
呆れた口調で聞かれてちょっとムっとして
「新一は園子の策略だって思ってたの?」
逆に私も問いかけた。
「そんなの、明らかに園子と後藤の作戦じゃねーか。まんまとハマったフリしてたんだよ」
「えええっ? 小学校5年生のころから、毎年?」
「そーだよ」
そう言って、盛大なため息。
なーんか、馬鹿にされた気分。
でも、私を振り返った新一はため息とは裏腹に、優しい笑顔だった。
久々に見た。この顔。
なんだか、やっぱり、安心する。
なんだか、やっぱり。

好きだなぁ。

「いつもの場所、行こうぜ。あそこは園子たちにも内緒の場所だからな。だから毎年、園子たちがわざとはぐれてくれて、ラッキーだったんだよ」
そう言って、また前を向いて歩き出す。
今度は、ゆっくり。
私の歩幅に合わせてくれて。
―――いつもの場所
それは、誰も知らない、私と新一だけのとっておきの穴場スポット。
誰にも邪魔されず、ゆっくりと座って花火が見れる場所。
小さなころに、新一のお父さんに教えてもらった場所だ。

新一の大好きな笑顔を見て。
やっと、素直になれそうな気がした。

「新一」

静かに、背中に声をかける。
「なんだよ」
振り向かずに答えた。
「ほんとはね、行きたくなかったの」
今度は何も答えてくれなかった。
けど、私は本音を語り続ける。
「新一が止めてくれて、嬉しかった」
新一の手が、ぎゅっと、強く私の手を握り返した。
それが、新一なりの返事なのか。
心が少し痒くなって。嬉しくなった。
「ありがとう」
素直な気持ちを吐きだした瞬間。
新一が笑顔で振り返って。

そして。

その背後に。



大きな花火が咲き乱れた。



私の王子様は、花火の優しい色に照らされて。
少し恥ずかしそうに、笑っていた。

この称せ値は’08新蘭夏企画様に登校した作品です。

「行くなよ・・・」「だから行くなっつってんだよ!!」
を言わせたかっただけです。
お分かりかと思いますが、もちろんアレをもじったセリフです。
この夏企画のタイトルもせっかく「だからダメだっつってんだよ!!」になってることですし(^^)
今回、最初の方、蘭ちゃんに対して素直になれず、
ヘタレ工藤になってしまいましたが、最後まで読んでくださり、ありがとうございました。



南さん、サクラさん
調子こいて、本当に2作も投稿しちゃってすみません><
でも、2作ともとても楽しみながら書かせていただきました。
後は展示期間ですね(^^)
他の方の作品を、展示期間いっぱい使って何度も読み返したいと思います!