ホラーな彼女
少し開いた唇からそっと舌を這わすと、びくっと彼女の肩が揺れた。
そこでキスをやめる。
「あ、ごめん」
どうして彼女にキスして謝んなきゃなんねーんだ、俺。
そう思いながらも、一瞬震えた肩を思い出すと謝らなきゃいけないような気がして。
つい、言ってしまう自分が嫌になる。
恋人同士なのに。キスなんて当たり前のことなのに。
ちらりと蘭を窺うと、火照った頬を隠すかのように俯いている。
そんな蘭の服装は、ノースリーブのチュニックにデニムのショートパンツだ。
蘭に気づかれないように、小さくため息を漏らすと、気持ちを落ち着かせようと一回部屋を出た。
高校最後の夏休み、の、登校日。
夏休み中の登校日とはいえ、3年にもなるとほとんどの生徒が夏季講習を受講しているため、久しぶりな感じがしない。
「この猛暑、耐えれないよね〜」
教室に入ると「久し振り」という声より、「暑い〜」という声の方が多く聞こえた。
いつものように蘭と登校して教室に入って別れる。
蘭はさっそく窓辺で談笑している園子たちのところへ向かった。
「おはよう! 何の話?」
「あー、蘭、おはよう」
「学校の怪談の話よ」
その話題を聞いて、蘭の顔が引きつった。
「怪談・・・?」
すぐにその表情を読み取った園子がアハハっとお嬢様らしからぬ声をあげて笑う。
「大丈夫、怖い話じゃないから! 昔、小学校の頃流行ったよね〜って言ってたの」
「ほら、トイレの花子さんとか、口裂け女とか、こっくりさんとか、メリーさんとか」
「今聞いてもあり得ないよね〜って思えるけど、小学生の頃って、いちいち本気にしちゃって怖かったよね」
「てか、今頃トイレの花子さんとかどーしてるんだろうね?」
「もう、おばーちゃんになってゆっくり休んでんじゃないの?」
園子の言葉に、周りにいた女子たちがケタケタと笑いだした。
何気なく、近くにいる蘭や園子たちの会話に耳を傾けていると、
「そーいやさぁ、新一君の家って出そうだよね」
園子がいきなりとんでもない発言をした。
「で、出るって、何がっ?」
やはり、すぐに反応を示したのは蘭。
少し顔が青ざめている。
それを面白がってか、園子はいつもの調子でニヤリと笑みをこぼして続けた。
「ほら、あんな古い洋館ってさぁ、いっぱい居そうじゃない? 幽霊。ねぇ? 新一君」
斜め後ろの席にいた俺に話を振ってきた。
無視するわけにもいかず、答えようとすると
「い、居ないわよ!」
俺が答えるよりも先に叫んだのは蘭。
「そんなの、いるはずないじゃないっ。私、小さい頃から何度も新一の家に行ったけど、そんなの出なかったもん! ね、新一?」
お化けや幽霊の類が苦手な蘭は必死に同意を求めてくる。
そんな蘭に俺はしれっと、表情を変えずに言ってやった。
「いや、防音室に一人、いんだよ。見知らぬ女が」
蘭だけでなく、他の女子も、まさか俺が幽霊を認める発言をするとは思わなかったのだろう。
豆鉄砲を食らったよな顔で、俺を見た。
そして蘭の顔だけが一気に青ざめる。
「う、嘘、何、冗談言ってるのよ・・・」
「冗談じゃねーよ」
「で、でも、そんな話、聞いたことないもん!」
「だって言ったことねーもん」
そう返してから。
俺は一言、一言、ゆっくりと話し始めた。
「もともと、俺の推理オタクってのは、先祖代々の遺伝らしいんだ。俺の父さんは推理小説家だろ?
じーちゃんも曾じーちゃんも・・・探偵とか警察とか、そんな類の仕事してたらしい」
そこで一旦呼吸を取り、周りを見ると、なぜか男子まで集まってきていた。
周りを見渡してから、続ける。
「で、俺のじーちゃんだか、曾じーちゃんだか知らねーが・・・。
その昔、推理で犯人を追いつめて、そいつを自殺に追いやったらしいんだ。
その自殺した犯人には幼馴染の婚約者がいた。
犯人の死を悲しんだ婚約者は、犯人を死に追い詰めた探偵を憎んで・・・、
ちょうど俺の家の今、防音室になってるところで、自殺を図ったらしいんだ。
探偵が殺したように見せかけてな。もちろん、探偵の目にかかれば、それは自殺だと判断され、
俺のじーちゃん・・・か、曾じーちゃんが逮捕されることはなかったんだけど。
でも、それ以来、その女が自殺した場所で怪奇現象が相次いで起こって、それで今の家に建て替えられたらしい」
いつの間にか、騒がしかった教室がしーんとなっていた。
俺、そんなすごい話、してんのか?
でも、興味津津の男子の目や。
かなり怯えている蘭の瞳を見ると、なんとなく続けたくなって。
また、話始めた。
「でも、今の家になっても、怪奇現象は続くんだよな。蘭、オメー気付かなかったか?」
すると、蘭は口をぎゅっと閉じたまま、大げさに首を左右に振った。
「あの防音室にあるピアノの音が夜中に聞こえて来たり・・・、あと楽譜の配置が妙に入れ替わってたりすんだよ」
そこで椅子に座る体制を変えて。
「でも一番妙だったのは、アレだな。たまに蘭がピアノ弾いてる時に、女の人の歌声が聞こえてくること―――」
そこで話を辞めざるを得なくなった。
何が起こったのか理解するのに数秒時間がかかった。
俺の視界は、真っ暗になったから。
何で真っ暗になったのか。
鼻先に掠める蘭の柔らかな香り。
「こ、これ以上、言わないでぇ・・・」
頭の上から聞こえてきた、か細い蘭の声。
どーやら俺、教室で、クラスメイト達の目の前で、蘭に抱きしめられているらしい。
「ちょ、待て。お前、ここどこか・・・」
慌てて蘭を引っぺがす。
瞳に飛び込んだのは、大きな目をうるうるに潤ませた蘭。
「どっ・・・どうして今まで黙ってたのよぉ!」
ぶるぶる震える蘭を何とか隣の椅子に座らせると
「だって、言うとオメー怖がるだろ」
と、素っ気なく言った。
「あ、あ、当たり前じゃないっ・・・そんな、私、18年間も何も知らないで、新一の家に・・・」
「最近、毎日来てたしな?」
そう言ってニヤリと笑うと「ひぃっ」と言葉にならに言葉を出し、肩をすくめた。
「じゃ、じゃあ、昨日とかこの前とか・・・で、出た?」
「いや。毎日出てるわけじゃねーよ。どーやら防音室以外には出れないらしいしな。
それにしても、お前、今度から気をつけろよ。薄着の女は霊に狙われやすいって聞くしな」
と、忠告すると。
「もう、二度と行かないわよ! 幽霊のいる家なんて!!」
悲鳴のような声を上げた瞬間、チャイムが鳴ったため、みんなはぞろぞろと自分の席に着き始めた。
蘭はというと、まだぞっとしているのか、自分の腕をさすっている。
そんな蘭を見て「よし」と心の中でひそかにガッツポーズを取ったのだった。
「蘭にあんなこと言ったら、あの子、新一君の家に本気で二度と行かなくなっちゃうわよ」
廊下で話しかけてきたのは園子。
「意外と何も考えなしに話すんだから」と呆れた口調。
「どーせ嘘なんでしょ? 蘭が家に来なくなったら困るんじゃないの?
せっかく恋人同士になって初めての夏休みなんだから・・・この園子様が蘭の誤解を解いてあげるわよ」
俺はそんな園子に
「だからだよ。わざと言ったんだ」
と断言した。
そう、あの怪談はわざと。
園子は俺が霊とかそんなもの信じないくせに、どうして蘭に話して怖がらせてしまったのか不思議に思ったらしい。
確かに、あの話はすべて嘘だ。俺があの時ふと思いついてでっち上げた話。
そして「薄着の女は霊に狙われやすい」というのも、その場で思いついた嘘。
「わざと?」
「当たり前だろ? 何も考えずに、蘭が家に来なくなるようなこと言うかよ」
「じゃぁなに? わざと蘭が家に行かなくなるように仕向けて、あんた、家で良からぬことしようと考えてんじゃ・・・」
ジロリと俺を睨む。
相変わらずの妄想力に今度は俺が呆れながら
「バーロ、んなわけねーだろ」
とため息交じりに否定した。
「じゃあ何よ? せっかくの夏休みだってのに、わざと愛しい恋人が家に来ないように仕向けるその理由を答えなさいよ」
そう言って凄む園子に、俺は視線を逸らしながら
「それ、今ここでお前に言わないとダメか?」
と聞いてみた。
「当たり前じゃない。どーして自分から蘭を遠ざけるのよ? 明らかに怪しいじゃない! あんた一体、なに企んでるのよ?」
親友の蘭のことに関しては過保護すぎるくらいの園子。
腕組みをして視線をそらした俺の視界に入ってくる。
そんな園子を見て、盛大に溜息をついた。
あんまり女に話すような理由じゃねーんだよな。
ため息が気に入らなかったのか、園子の睨みはさらにキツくなった。
園子に睨まれたくらい、怖くも何ともないのだが。
これは、俺が蘭を遠ざける理由を言わないと動かない勢いだ。
だー、もう、しょーがねーな!
俺を睨み続ける園子に「ひくなよ?」と前置きして、勢いに任せて理由をぶちまけてやった。
「毎日毎日キャミソール一枚で家に来るアイツをみて耐えれなかった、それだけだ」
なんで園子にこんなこと薄情しなきゃなんねーんだ、俺!
顔から火が出そうなほど、真っ赤になってるぞ、俺。
一回視線を逸らしたが、園子の反応がなかったのでチラリと横目で見てみると、キョトンとしていた。
そして
「そんなの、別にいーじゃない。付き合ってんだから」
しれっとした口調で言う。
ああ。こいつは蘭よりかは男心を分かってんだな。
そう思いながら、夏休み前半の蘭の様子を思い出す。
夏季講習の後、毎日課題をしに俺の家にやってくる蘭。
制服だと暑いから、と、一度家に帰りシャワーを浴びて着替えて俺の家に来るのだが・・・。
キャミソールにショートパンツとか、ノースリーブにミニスカートだとか、ミニのキャミワンピとか毎日服装はそんなものだった。
そして、鼻を掠めるシャンプーの香り。
耐えられなくなって、キスをした。
いつもの唇が触れるだけのキスだと、蘭は嬉しそうに微笑む。
頬をほんのりピンク色にして。
でも、だ。
その先に進もうと、深いキスになると怯える。
びくっと肩を震わせて。
毎日毎日俺を誘ってるかのような服装でやってくるくせに、先に進もうとすると怯えるんだ。
そんな蘭に「付き合ってるからいーじゃん」って手を出せるかっつーの。
俺の気持ちも知らないで。
なんだ、アレは。
一体何の嫌がらせだ。
生殺しも甚だしい。
それならいっそのこと、家に来ないでほしい。
せめて、図書館とか別の場所だったらもうちょっと我慢できるから。
「・・・アイツの男心の分かってなさ具合がホラーだよ」
そしてあの状況で今まで手を出さなかったことが寧ろ怪奇現象だ。
ため息交じりに言うと、園子は声をあげて笑いだした。
そこ。
笑うところじゃねーんだけど。
「お前さぁ。蘭の親友なら、言っとけよ。防音室の霊よりも怖い物が、現実に、しかもいつも隣にいるって」
とんでもない伝言を残して、歩きだした。
さて。
生地獄を脱出して、楽しい夏休みは過ごせるのだろうか。
廊下の窓から差し込む真夏の太陽の光を見上げ、大きく深呼吸した。
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この小説は’08新蘭夏企画様に登校した作品です。
う・・・あの・・・このような素晴らしい企画に、こんな小説を投稿しても良かったのでしょうか><;
そしてこれって、怪談?
少し怪談も混ざってますが・・・もう、突っ込み所満載で寧ろ笑ってください(T▽T)アハハ!
最後まで読んでくださって、ありがとうございました。
☆サクラさん、南さん☆
このたびは、夏の暑さも吹き飛ぶような楽しい企画を立ち上げてくださり、ありがとうございました!
新しい小説がUPされるたびに楽しみながら読ませていただいたおります。
そして、こんな小説での参加になってしまいましたが、参加できてすごく光栄です(^^)